インド旅行 レポート (1)

三年程前に友人の書店で世界遺産の写真集を買った。 朝もやの中に浮かぶようなタージ・マハールの写真があった。 いつかいってみたい、、、。  10月の三連休に休暇を連ね行ってみることにした。
      
2003年10月10日、名古屋空港よりチャイナ・エアーラインで台北経由でニューデリーへ出発。台北では乗り継ぎ時間が10時間もあり、事前に申し込んであった市内観光に向かう。市内観光のお客は自分一人。 蒋介石の中正記念堂に最初に行くが、どうも楽しくない。ダウンタウンでゆっくりしたいとリクエストが叶い、人気の小龍包の店と喫茶店に行く。それでも時間があまり台北の古刹、龍山寺に参詣.

龍山寺ではガイドの王さんがおみくじの引き方を教えてくれる。 半月にかたどった木の札で先ずおみくじを引いて良いか占う。 可と出ておみくじを引く。 が、どうも御宣託はよくないらしい。 悪い占いは川などに流すという、王嬢はしきりに流せとアドバイスしてくれるが、記念に持ち帰ることにした。
このあとはショッピングのコース、ウーロン茶と急須そして蓮の実を一抱えも買って、夕暮れの街を台北空港に向かう。
インドに行くのに台湾の土産でスーツケースがいっぱいになってしまい、反省しきり。

10月11日 ニューデリーでは午前3時にホテルにチェック・イン。 ここでもツアーのお客は自分一人、名古屋の代理店からは『名古屋出発はお一人ですが、東京・仙台からのお客さんがいるかもしれない』と聞いていたが、車にドライバーと日本語のできるガイドさんがついてお客が一人とは運がいい。 ガイドさんも一人の客は初めてという。
さっそく7時の出発を7時30分に変更してホテルを出発、ニューデリーの街にでる。 屋台の果物屋が並ぶ様は東南アジアで見慣れた風景だ。交差点の芝の上で沐浴する人がいてやはりインドは違うなと感じ入っていると、車道に何頭もの牛が、、、車とスレスレに歩いていく。 インドに来た実感が湧いてくる。
タージ・マハールのあるアグラまで200Km余りの移動、強行軍の始まりだ。

行く先々で牛を見るが、こういった風景は何十年も前になくなってしまったと思い込んでいたので、驚きだった。 ニューデリー郊外にでる、車も少なくなり建物にもお国柄が出るようになってきた。 レストランで小休止、アラビアのロレンスの映画に出てくるような建物だ。

これから入るウッタル・プラデーシュ州との境に税関がある、ここは車が数珠繋ぎになるので物売りが車を囲む。 熊と猿のコンビも芸を見せにやってきた。 が、熊の匂いがたまらない。 税関を抜けると道端でサリーをまとった女性が所々で農作業をしているのを見かける。 農作業ではなく、燃料にする枯れ枝を集めているのだとガイドのチャンチェロさん。 さらに、道端に車を止めて燃料にするため牛の糞が干してあるのを見せてくれた。 しばらく車に揺られてウトウトしていると、ドライバーのバワンさんが写真に撮れと水を運んでいる女性達を指差して徐行してくれた。 カメラを向けると三人が素敵な笑顔を送ってくれた。

居眠りを繰り返しながらアグラに向かう。 空気が乾燥しているので、朝の内はエアコンなしでも車の窓から入る風で心地よい。 通りすがりの風景の撮影と居眠りを繰り返しながら進む。 村々や小さな街の角で子供と大人とが一緒になった様子をよく見かける、日本では見られなくなった風景だ。
昼を過ぎる頃からやはり暑くなってくる、『お客さんのパックはエアコンなしですが、サービスでいれます』とガイド氏。 エッ、本当ゥ? エアコン付いてるならもっと早く入れてくれればいいのに、、、

アグラの街に近づく。 工事現場を通るが、女性が石らしきものを頭の上にのせて運んでいく。 何も機械化されてない、、、考え込んでしまう光景だ。 鉄道の信号待ちで目に入った小屋、床屋と分かるのに時間がいった。 ようやくアグラの街に到着、アグラ大学が見える。 アグラは16〜17世紀にムガール朝の首都として栄えたところで、その面影が残るような大学の建物だ。

アグラの街は古い。 狭い道に人、バイク、牛車、ロバ、そして車がひしめきあう。 前を行くトラックも大きく揺れながら進むが、荷台の人は動ぜず、、、。 アグラ城に寄る。 コースの予定では中も見学することになっているらしいが予定変更、遠くに見え出したタージ・マハールに急ぐことにした。

タージ・マハールに行くためには1kmほど離れた駐車場からシャトルバスを利用する。 バスを降りるとゲートがあって、煙草、ライター、小型三脚が持ち込めないので、ガイドさんの知り合いの売店で預かってもらう。 タージ・マハールが見学できる時間は、明方から日没までとのこと。
ゲートでボディチェックが済んで中に入る、持ち物はカメラ2台と交換レンズ1本とペットボトルだけ。 前庭を歩き大楼門をくぐると、タージ・マハールが正面に見える。 美しい、、、 期待以上荘厳な美しさに感激した。完成までに22年の歳月がかかったという。(完成は1653年)
普通のツアーでは30分から1時間のコースという。 日没まで見たい希望をつたえると、ガイドさんは『ここで待ってるので、好きなだけ写真を撮ってきて下さい』という。 ガイドさんから説明を聞いたあとは単独行動。


ヤムナ川の対岸に幽閉された5代皇帝シャー・ジャハーンがタージ・マハルを眺めたという小塔がある。 一説によるとここから眺めるタージ・マハルが一番美しいらしい。 皇帝シャー・ジャハーンが妻のムムターズ・マハルの死を悼んでこの霊廟を建てたという。 いくら愛していたとはいえ、これほど壮麗な建物を建てるだろうか? 国が傾くリスクも見えていたはずだ、諫言を奏した臣下もいたろうに、、、現に皇帝は幽閉されてしまう。 なぜ建てたのだろう、これも知りたくてインドにきた。 ガイドのチャンチェロさんが答えてくれた、王妃が『後世、二人の愛を偲び世界中の人々が集まる建物を建てて欲しい、そうすれば世界は平和になる』という遺言を残したとのこと。 後世に世界中の人が集まるように、、、なるほど。 それを果たした皇帝シャー・ジャハーンを偉いと思った。
ペット・ボトルの水もなくなって喉の渇きが我慢できなくなり、日没まで間があったが18時に外に出ることにした。3時間も見ていた。

タージ・マハールの隅の建物にどういうわけか猿がいた。
その夜のホテルはイスラム様式で左右対称にできていている二階建。案内係について階段を下りて1階の客室に入るが、一人で客室から二階のロビーには簡単にはたどり着けない。左右対称で目印がない、そのうえ広いので迷うことになる。 食事に行くのにも10分ほどさまよう始末。 途中に出会った日本の女性は30分も同じところを回っていたという。夕食はシシカバブ。肉は牛と豚がヒンズー教とイスラム教の関係でだめだから鶏肉になるが、どうも味になじめない。
10月12日朝早く、次の目的地のジャイプールに向かう。 約300Kmのドライブの始まり。

象やラクダとも時おり行き交いながら車は進む。 突然、潅木の中から老人が路上に現れ赤い旗を振って車を止める、、、何事かと眺めていると、一族と思われる人達が、さっと出てきて木にロープを掛けて引き倒し、のこぎりで木を切り始めた。枯木を燃料にするようだ。
ラジャスターン州の東北部は半ば砂漠地帯といってよい、ラクダを多く見かけるようになる。

色々な風景が目に入ってくる。 人が鈴なりになった車、横転したトラック、牛は放り出されたのだろうか? イノシシまで現れた。