美濃西国三十三観音霊場巡り 第一回 関から美濃市へ 平成24年3月10日
利用交通機関 往路 岐阜駅14番乗場 9:12 栄町1 9:57 660円 岐阜バス 岐阜関線 せき東山行き 栄町1 10:05 殿村局前 10:42 200円 岐阜バス 関上之保線 川合車庫行き 帰路 梅山駅 17:57 美濃太田駅 18:32 680円 長良川鉄道 美濃太田駅 18:55 岐阜駅 19:30 480円 JR高山線
行 程 殿村局前バス停から出発 10:45発 歩行距離 地図はこちら 1番 日龍峰寺 関市下之保 (別名:高沢観音) 11:20着 11:50発 (2.2km) 2番 鹿苑寺 美濃市立花 (別名:盧山観音) 14:35着 14:50発 (8.5km) 10.7km 3番 来昌寺 美濃市吉川町 16:20着 16:40発 (5.2km) 15.9km 4番 宝勝院 美濃市泉町 16:45着 17:05発 (0.5km) 16.4km うたつの町並みを見て、梅山駅へ 17:30着 (0.6km) 17.0km
一番 日龍峰寺 高沢観音
岐阜駅のコンビニで昼のおにぎり2個とお茶を買ってバスに。初回にまわるところは関市の北西端から美濃市に入るコース。岐阜の紹介もこの札所巡りでしようと思ったがまったく初めてのところで不案内。さて殿村のバス停で降りて歩行開始。少し歩いて農道にでると赤いのぼり旗が迎えてくれ、札所巡りの気分が盛り上がる。石仏などを眺めながら山道を行くと、朽ち落ちた枝に目が留まる。鬼神のように見えてならない。

境内に入ると大きな鐘楼があり、さらに奥には多宝塔もある。この多宝塔は鎌倉時代後期に北条政子が建立したもので、国の重文である。

本堂は感激の舞台造り。応仁の乱で焼失後、江戸時代(1670年)に再建され、清水寺をスケール・ダウンした感じだ。案内本によると「美濃清水」ともいわれるとのこと。寺の縁起は5世紀の両面宿儺伝説にまでさかのぼり、日龍峰寺は岐阜県で一番古い寺とされるようだ。

本堂舞台からは遠く関の街が見える。提灯や奉納額もいっぱいで、お寺好きにはたまらない。おまけに天井画の天女様もいい感じだ。

軍隊の奉納額もあり日清戦争に出征した岐阜の19連隊のものが目を引いた。当時の人々の信仰心の厚さが偲ばれる。

本堂奥から近道のつもりで標高350m余りの高沢山の山道に入る。後で知ったが関から美濃に抜ける高沢古道と呼ばれ、美濃からの参詣はこの道を通ったという。頂上付近に大岩があり、ここで昼のおにぎりを食べた。山道を下って行くと昇り竜のような枯れ木を発見。眼もひげも大きくあけた口もある。

古道らしく石仏がところどこにある。よく見ると西国三十三ケ所の札所の銘がある。因みに下の写真の石仏は「十三番勢田石山寺」と彫ってある。見坂峠の近くに出て、椎茸の栽培や滝を見ながらさらに下って行く。と、長良川が見え、川に沿って美濃市に入って行く。


二番 鹿苑寺 盧山観音
湯の洞温泉の近く、板取川が長良川に合流する付近にある。観音堂は珍しい二層の造り。ご本尊は聖徳太子作の正観音菩薩と伝えられる。ご住職に専用の納経帳を持った方がいいと言われ購入。一番の納経所を見落とし本堂で朱印のあるお札を見つけたので、これを頂くのかと思ったが誤りであった。

三番には遠回りになるが板取川を渡る道を進んだ。途中、数匹の猿が道を横切り、素早く逃げた。あとからゆっくり出てきたのがこの大きな猿。道路に大きな焼き物が。この辺りは美濃和紙と美濃焼の産地である。

三番 来昌寺
長良川を再び渡り美濃市街へ。来昌寺は静かな住宅街にあり、屋根の鯱瓦が目立つ。奥様が応対下さり、美濃三十三ケ所の流儀を教えて頂く。お寺が留守でもお堂が開いておれば入ってお参りしていいこと。同じく留守であれば専用の納経帳に自分で朱印を押して、100円を置いて行けばよいこと。100円は安いが、自分で押しては有難みが無いように思う。

四番 宝勝院
三番から500mほどだが地図を見誤って一旦通り過ぎてしまった。お若い住職が丁寧に応対下さる。山号を金毘羅山といい、長良川水運の安全を祈って金毘羅大権現も祀る。(下の写真左端が金毘羅堂) 宝勝院の庫裡は洋館建てで、明治9年に建てられた小学校の本館を後に譲り受け、移築したものという。

美濃市のうたつの上がる町並みは国の「伝統的建造物群保存地区」の指定を受けている。
