美濃西国三十三観音霊場巡り 第六回 美濃加茂から関市へ 満願 平成24年3月30日
利用交通機関 往路 JR岐阜駅 8:31 坂祝 9:05 480円 JR高山線 美濃太田駅 15:28 関 15:28 450円 長良川鉄道 帰路 - 16:00 - - - 関で打ち止め
行 程 JR坂祝駅から出発 9:05発 歩行距離 地図はこちら 21番 宝積寺 加茂郡坂祝町 9:10着 9:25発 (0.4km) 27番 祐泉寺 美濃加茂市太田本町 (滝場観音) 10:15着 10:35発 (4.1km) 4.5km 22番 万尺寺 美濃加茂市太田町 10:45着 11:05発 (0.6km) 5.1km 29番 小山寺 美濃加茂市下米田町 (小山観音) 12:00着 12:55発 (4.6km) 9.7km 美濃太田駅→関駅 14:22着 14:44発 (4.4km) 14.1km 32番 立蔵寺 関市西日吉町 14:50着 15:10発 (0.3km) 14.4km 33番 新長谷寺 関市長谷町 (吉田観音) 15:25着 15:10発 (1.2km) 15.6km
二十一番 宝積寺
今回で満願を迎える。思えば美濃とはいえ知らない所ばかりまわってきた。今回は少しは土地勘があるコース。三十三番を終えた夕方には、関の友人のK君と一献交える約束がある。
JR高山線の坂祝駅から数分の所に木曽川に面して宝積寺はある。ここは去年の夏に花火を撮りに来たところで、手前の岩も見覚えがある。

宝積寺からは木曽川岸の遊歩道を進む。この辺りは日本ライン下りのコースで、しばらく歩いて行くと一艘が下ってきた。やがて旧中山道の街道に出る。

二十七番 祐泉寺
その中山道の太田の宿の古い町並みが途切れるところに祐泉寺がある。ご本尊の聖観音を祀る本堂の横に別の観音堂がある。普通には本堂に観音を祀れば、別棟の観音堂はないが。

二十二番 万尺寺
木曽川縁の祐泉寺から太田の町中に入ってすぐのところに万尺寺はある。本堂前に子育て観音像が立つ。

二十九番 小山寺
美濃太田の町から国道41号を北上、車なら気付かないほどの緩い上り坂でも、歩くとかなりこたえる。木曽川の橋を渡り始めてお堂が見えてくると俄然うれしくなってくる。こんな川中のお堂があるなんて知らなかった。信心がなせる造形に感動すら覚える。ご本尊は開運馬頭観音菩薩で、木曾義仲が亡くなった母親の持仏の一寸八分の馬頭観音をお堂を建立し祀ったのが始まり。

お堂へ架かる橋の前でご住職にお会いする。
ご住職との問答。ご住職「なぜ歩いて回るか」、私「ご利益が沢山あるかと思って。結局、欲深いのですね」

昭和13年に橋ができるまでは川の中の飛び石伝いに参詣したという。大変な難儀だ。だがそれが正道に思える、安易に行ってはいけないのだ。畏怖の念を体で感じなければ、、、。川岸にある本堂で納経をすませ、おにぎりを食べているとお茶とお菓子を出して下さった。
三十二番 立蔵寺
小山寺から美濃太田の街に戻り長良川鉄道で関へ。この関駅もすたれて寂しい感じがする。立蔵寺は駅から近く、関善光寺のすぐ前にある。奥様がやさしく応対下さる。

三十三番 新長谷寺
お寺の多い関の町中を15分ほど歩いて、いよいよ三十三番。新長谷寺(しんちょうこくじ)は平安時代から続く密教寺院で清和源氏との縁が深かったという。往時に比べ境内は20分の1に縮小したというが、それでも6千坪の境内に23棟がある。檜皮葺の室町時代の堂宇が並び、美濃の法隆寺とも称される。
境内は撮影禁止であるが、理由は「たくさんの仏様が活動をしておりますので、写真撮影は邪魔になる」(美濃三十三観音霊場 同寺サイト掲載)というもので、なるほどと納得できた。
納経の折に満願成就の旨を告げると、お供えのリンゴ一つをいただいた。4時過ぎにK君が車で迎えに来てくれ、記念写真を撮ってくれた。

今回美濃三十三ケ所を回って源氏と関わりが幾つかあることに気付いた。一番日龍峰寺の多宝塔は源頼朝の妻北条正子(北条家も清和源氏)の寄進だ。二十九番小山寺は木曾義仲(後に源義仲)の開基だ。それに源義経にまつわる奉納額もあった。また岐阜には美濃源氏と呼ばれる一族の流れがあり、土岐氏・山県氏とたどっていくときりがないが、奉納額は山村の源氏末裔達の矜持の表れだろうか。
因みにあの坂東三十三ケ所の成立には観音に信心の篤かった源頼朝が寄与したとされる。