越後三十三観音観音霊場 二日目 2014年4月14日
| 2日目は海岸沿いの札所を中心に高田から柏崎まで北上。先ず目指すは越後の札所のシンボル的存在の大泉寺(大清水観音)。9時に到着して境内を見て回っていると、ご住職が出てこられてお堂を開けて下さった。 | |
| 境内からは柿崎の海と遠くには妙高も見える | 三番 大泉寺 柏崎市大清水 |
| お堂は上杉家の寄進で永禄2年(1559)の再建。(重文) | 五色の花弁が散る椿、本堂前 |
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| 越後は富山県寄りの1番から山形県よりの27番まで200㎞ある。北端の27番のある村上市までは日本海沿いを中心に回り、村上市で折り返して南下する時に山辺を回る計画にした。泊地もこだわって高田・寺泊・村上・長岡・鯨波で宿を予約。この日のスケジュールのポイントは、夕陽に間に合うように寺泊に着くこと。こういった都合で札所の番号順には進まない。 | |
| 五番 宝蔵寺 刈羽村滝谷 | 六番 常楽寺 観音様御開扉中 刈羽村井岡 |
| 海沿いに国道を走って行くと観音様が寝ておられるように見える観音崎が目に入ってくる。その胸元あたりに椎谷観音堂がある。弘仁年間(810〜823)の草創と伝わる古刹。現在の観音堂は明和7年(1770)再建だが、風雪の厳しい岬の上でよく250年も耐えておられるものだ。 | |
| 観音崎 国道352号から | 番外 椎谷観音堂 柏崎市椎谷 |
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| 圧巻の風格 雪の時に仰いでみたいが… | 樹齢千年を超す椎の巨木 |
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| 古い街並みの出雲崎に入った。江戸時代には出雲崎は流人や金など佐渡との往来の拠点で、良寛はここの名主の長男として生を受けている。良寛が名主見習いの18歳の時に出家してしまったお寺が、北國街道に面してある光照寺だ。その後22歳で備中玉島の円通寺に行くことになる。 | |
| 北國街道 出雲崎宿 | 十九番 光照寺 出雲崎町尼瀬 |
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| 村上市からの帰路には立寄れない長岡、見附、三条の札所を少し内陸に入って巡って行く。 140年ほど前の再建という根立寺の観音堂は、三重の斗組、二重の垂木という重厚な作りで、それを見事な彫刻が飾っている。参道の木立の間から姿を現した時から、輝いて見えた。 | |
| 出雲崎から長岡へ 三国街道をゆく | 十八番 根立寺 長岡市上岩井 |
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| 二重の垂木 彫刻が素晴らしい | 三重の斗組 |
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| 十六番 椿沢寺 観音堂 見附市椿沢町 | 椿沢寺本堂 雪囲いが残る |
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| 十七番 不動院 見附市小栗山町 | 作業中のご住職、手を休めて、いい写真撮ってくださいと |
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| 三十二番 宝塔院 三条市東裏館 | 地震亡霊塔の説明 |
| 燕市に入って大河津分水の桜、、、遠すぎて | 二十一番 吉田寺 燕市渡部 |
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| 二十番 照明寺 長岡市寺泊片町 | 境内にある密蔵院 良寛が生涯に三度住まった |
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| 本堂前から寺泊港 | 鐘楼 潮風から鐘を守るため板戸がある |
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| 寺泊港 | 夕陽に間に合って |
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| 少しダルマになった | |