北陸三十三ケ所観音霊場巡り (画像をクリックすると拡大されます)
第三回 能登 十五番〜二十二番 平成24年1月10〜13日
| 寒の内に能登を廻ることにした。本数の少ないバスを乗り継ぐので、念入りにバス停と時刻表を調べ計画を練った。旅程作りはダイソーの石川県の地図に札所をマークすることから始め、交通手段と泊地を大まかに決めて、細部を詰めていく。北陸三十三ケ所案内本は一冊あるが、例えば17番は「能登有料道路終点穴水より車で約40分」とあるだけなので、自分で一から調べざるをえない。だが、これが結構楽しく始めると夢中になる。 なぜこのような旅をしているか考える時がある。さほど深い信心がある身ではない。 暮れに読んだ金子兜太の本に、「漂白とは流魄(るはく)の情念である」とあった。「流魄の情念」、なんという魅惑的で危険な言葉だろう。が、それに近いものが自分の中にあるように思える。 |
10日、金沢駅から門前急行バスに2時間半近く乗り今回の出発地となる輪島市の門前町に夕刻入った。バスを降りると細雪の能登の海に独り糸を垂れる釣人がいた。
![]() |
第十五番 諸嶽山 総持寺祖院 創建 元亨元年(1321年) 開祖 瑩山紹瑾禅師 本尊 僧形観世音菩薩
11日朝、宿のマイクロバスでお寺の前まで送っていただいた。総持寺は永平寺と共に曹洞宗の大本山であったが明治31年の大火災の後、横浜市鶴見に本山は移され現在は”祖院”とされる。観音様のおられる法堂は改修工事中であった。
| 入口総門 扁額は 「三樹松関」 | 経蔵 加賀藩主寄進 | 三門 昭和7年再建 |
![]() |
![]() |
![]() |
| 法堂(改修中) | 僧堂 修行の場 昭和5年再建 |
仏殿 釈迦牟尼如来 大正元年再建 |
![]() |
![]() |
![]() |
| 仏殿内部 書は山岡鉄舟 | 衆生済度の大しゃもじ | |
![]() |
![]() |
第十六番 白雉山 岩倉寺 創建 白雉三年(651年) 本尊 千手観世音菩薩
2時間に一本のバスで門前から輪島へ、そして曽々木へ。曽々木はもう能登半島の突先に近く、日本海からの風も一段と強く、冷たい。岩倉寺のある山を下りて吹きさらしのようなバス停で宇出津行を待つが、その20分余りの間に体はすっかり冷えてしまった。宇出津からさらにバスを乗り継いで能登町の泊地へ向かった。
| バスで輪島へ、輪島から曽々木へ | 千枚田 |
|
![]() |
![]() |
![]() |
曽々木海岸を見下ろす岩倉山の中腹にお寺がある。40分かけて山を登って行った。山道にも境内にも新雪で誰の足跡もない。木々もただ白い。観音浄土の補陀落のようだと思った。静けさも心地よい、妙音観世音。 |
||
| 岩倉山 標高357m | 寺は200mほどの高さにある | |
![]() |
![]() |
![]() |
| 山門 | 如意輪観音 | 水をいただく |
![]() |
![]() |
![]() |
| 本堂への石段、鳥が飛び立った | 本堂正面 雪囲いに包まれて | 境内から曽々木海岸を望む |
![]() |
![]() |
![]() |
| 裏庭 | 梅 | 桜 |
![]() |
![]() |
![]() |
| 石造五重塔(鎌倉時代) | 報謝柿 | 鐘楼 |
![]() |
![]() |
![]() |
第十七番 鷹王山 上日寺 開祖 由利弱大臣 本尊 千手千眼観世音菩薩
12日朝、宿の送迎サービスで上日寺近くに送っていただく。岬の小高いところにあり、朝の境内は清浄な空気に満ちていた。
| 上日寺のある真脇は30年ほど前に縄文遺跡が発掘され、真脇遺跡公園として整備されている |
![]() |
| 上日寺 朝9時の境内 | ||
![]() |
![]() |
![]() |
| 宝篋印塔 | ||
|
![]() |
|
| バス停は高倉漁港に面してあった。穏やかな能登半島の内浦の海を眺めていると、鷹がウミネコを襲う一幕が | ||
![]() |
![]() |
|
第十八番 白雉山 明泉寺 創建 白雉三年(652年) 本尊 千手千眼観世音菩薩
真脇から45分で宇加川のバス停に。さらに明泉寺まで20分を歩く。途中、源頼朝の墓に立ち寄る。弘法大師が修行したと伝えられる古刹である。
明泉寺のご住職には大変にお世話になりました。宇加川で1時間バス待ちをして、さらに穴水駅まで1時間かかるところを車で送っていただいた。感謝!
| 宇加川バス停 ネコ一匹 | 海岸端から山里に向かって歩く | |
![]() |
![]() |
![]() |
| 源頼朝の墓 | ||
![]() |
![]() |
![]() |
| 明泉寺前の風景 | 山門 | 石仏 |
![]() |
![]() |
![]() |
| 鐘楼 | 本堂 阿弥陀如来像も素晴らしい | 石造五重塔(重文)とお釈迦様のお堂 |
![]() |
![]() |
![]() |
第十九番 小嶋山 妙観院 創建 千百余年前 開祖 弘法大師 本尊 聖観世音菩薩
穴水から”のと鉄道”で七尾に。明泉寺のご住職のおかげで予定より二時間ほど早く七尾駅に着いた。時間ができたので妙観院への往き帰りに、古い商家が並ぶ一本杉通りや山の寺寺院群を見て歩いた。
| のと鉄道 | 花嫁のれん 街の語り部の方の案内を頂く | |
![]() |
![]() |
| 妙観院 山門 | 観音堂 | 石塔 |
![]() |
![]() |
![]() |
| 山の寺近く 菱田春草の「夕の森」をイメージ | 奥は七尾港 | 一本杉通りにて |
![]() |
![]() |
![]() |
第二十番 白良山 山田寺 創建 天平宝字元年(757年) 開祖 泰澄大師 本尊 十一面観世音菩薩
13日朝 JR七尾駅から羽咋方面へ12分、良川駅下車。10分ほどで山田寺に着く。先ず見えたのは白比古神社の鳥居で、山田寺は鳥居の右手奥にあり神社と境内を一にする。神仏習合が残っているところであった。
| 白比古神社 | 山田寺本堂 | |
![]() |
![]() |
![]() |
第二十一番 鷹王山 長楽寺 創建 天平時代 開祖 泰澄大師 本尊 聖観世音菩薩
山田寺から2.6qを歩く。長楽寺にはかつて七堂伽藍と三十三坊があったが、上杉謙信の兵火により焼失したという。本尊(大日如来)や山門等、石動山の天平寺から移したものが多い。本堂内は寺の格式を偲ばせ重厚な雰囲気だった。次の永光寺まで7qを歩く予定であったが、またもやご住職の好意に甘え車で送っていただいた。有難い
| 静かな村里を抜けて長楽寺へ | 大日如来 優しい面立ち | |
![]() |
![]() |
| 山門と六地蔵 | ||
![]() |
![]() |
|
| ご本尊大日如来の左に聖観音がおられる | 観音様たち | 二十五菩薩の像、下は三昧王菩薩 |
![]() |
![]() |
![]() |
第二十二番 洞谷山 永光寺 創建 正和元年(1312年) 開祖 瑩山紹瑾禅師 本尊 聖観世音菩薩
長楽寺のご住職には山門脇まで車で送っていただいた。二度の大乱で焼失し現在の伽藍は寛永以降の再建だが、山門をはじめ重厚な名刹。バスの時間の都合で急いで山を下りた。羽咋駅から金沢に出て能登の旅を終えた。次回からは富山県を廻る。
| 山門と本堂 | ||
![]() |
![]() |
![]() |