最上三十三観音巡礼 (画像をクリックすると拡大されます)
第2日目 山形市・上山市・山辺町 平成25年10月16日
| 第六番 平清水 山形市平清水 | ||
| 台風26号の暴風域に午前9時頃から入るはずでホテルで待機。10時を過ぎても風雨が強まらなかったので、10時20分にホテルを出た。天気が荒れて来たら早くホテルに戻れるように、予定を変更して山形市街地の近くから回ることにした。お堂の管理をする別当の耕龍寺から裏手の山に200mほど行ったところに観音堂がある。石段を上りつつ見上げるお堂は小雨に濡れて美しかった。 | ||
| 山形駅西口付近 台風の様子見 | 別当 耕龍寺 | 平清水観音 |
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| 第七番 岩波 山形市岩波 | ||
| 西蔵王高原の入口に石行寺があり、岩波観音堂はその境内にある。石行寺でご住職に岐阜から来たことを話すと、「家内は岐阜の恵那の出身ですよ」と奥様を呼ばれ、もてなしを受けた。ご住職に見事な庭園とお堂を案内していただく。因みに十一面観音は行基作、延命地蔵尊は慈覚大師作。 | ||
| 石行寺 | 石行寺庭園 | ご住職がお堂を開けて下さる |
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| 岩波観音堂 | 延命地蔵尊 | 岐阜県出身の奥様からいただく |
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| 第八番 六椹 山形市鉄砲町 | ||
| 山形市街地に戻って、町中にある六椹(むっくぬぎ)観音に。本尊聖観音は行基作、六椹の名の由来は慈覚大師の護摩供にある。この地域は行基菩薩・慈覚大師に縁起を持つところが多い。 | ||
| 六椹観音堂 | ||
| 第九番 松尾山 山形市蔵王半郷 | ||
| 山形から蔵王ラインに入って少し走った所に、蔵王権現の社があり九番札所への案内があった。誤って右に進み、山道を右往左往。案内板まで戻って、矢印をよく見ると左を指していた。矢印方向に進むと深い森に入り、観音堂に着いた。境内に入ると神さびた佇まいに、足が止まり大げさだが息を呑んだ。山形市指定天然記念物のヒガンザクラもあり、近ければ四季折々に訪れたいお堂だ。 | ||
| 蔵王権現と案内板 | 蔵王の街 誤った山道より | お堂が見えると、足が止まった |
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| 松尾山観音堂 重文 | 室町時代後期の創建とある | |
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| 第十番 上の山 上山市十日町 | ||
| 上山(かみのやま)は沢庵和尚が流罪となって3年間暮らした地で、沢庵漬もここで考案されたという。十日町の通りを曲がると上の山温泉の公衆浴場があり、奥に観音堂が見える。あいにくお堂は工事中であったが、堂々の向拝は見応えがあった。近くに上山城があり、飛騨高山藩の金森氏も一時転封されていたことを後で知った。 | ||
| 十日町の通り 沢庵和尚の庵に近い | 公衆温泉と観音堂 | 上の山観音堂 |
| 観音堂向拝 | 上山城(別名 月岡城) | 月岡城址から上山市街 |
| 第十一番 高松 上山市高松 | ||
| 行基の開創で聖武天皇の祈願所にもなったという歴史を持つ。現在の観音堂は明治9年の再建で山里のお堂に過ぎないが、威厳のある重厚な佇まいだ。 | ||
| 登り口 | いい感じだな~ | 高松観音堂 |
| 第十二番 長谷堂 山形市長谷堂 | ||
| 奈良の長谷寺と創建の縁起があっての名前。神仏習合の名残の鳥居があって、8分ほど小山を登って行く。お堂正面には納め札がびっしりと貼られているが、独特の風情を醸しだしている。雨上がりの木立の中の美しい観音堂だった。 | ||
| 登り口 | 小山を登って行く | 長谷堂 江戸時代末期の再建 |
| 第十三番 三河村 東村山郡山辺町 | ||
| 最上川の支流の須川の川辺に大杉が立って、三川村観音堂がある。昔に打ちつけた夥しい木の納め札や千社札が柱に残っている。年号が読み取れた古いものは明治24年とあった。124年前のものになる。 | ||
| 大杉 | 三川村観音堂 | 木札 |