最上三十三観音巡礼 (画像をクリックすると拡大されます)
第3日目 山形市・寒河江市・東根市・村山市他 平成25年10月17日
| 第五番 唐松 山形市大字釈迦堂 | ||
| 三日目は台風一過の好天となった。五番札所に着くと「日本一のいも煮会」の大鍋があった。この鍋を本当に使うのだろうかと思った。後で調べると、毎年9月の第一日曜に「日本一の芋煮会フェスティバル」が開催され、直径6mのこの鍋に里芋3t、牛肉1.2t、こんにゃく3000枚等々おそろしい量の食材を煮込むそうだ。さて懸崖造りの観音堂は昭和51年の建て替えで、弘法大師作と伝わる観音像を祀る。 | ||
| 芋煮会会場より | 懸崖造りのお堂 | 堂内天井 |
| 第二番 山寺 山形市山寺 | ||
| ご存知 山寺にある千手院の本堂が札所で、山寺の中心の根本中堂からは1kmほど東にある。「観世音」の額が揚がる鳥居をくぐって石段を上ると、なんと線路が参道を横切っているに驚いた。JR仙山線のレールだ。お参りを済ませ納経所に行くと、おばあさん二人が「まあお上がりなさい」と。お茶とお漬物をご馳走になる。村の人が交代でご朱印所の当番をされているとのこと。 | ||
| 参道入口 | 参道を仙山線が横切る | 千手院 |
「岐阜とは遠いとこから来たね、20日に根本中堂の御開帳があるから行くといいよ。なんせ50年に一度だから」。これはありがたいと、山寺参拝を20日に延ばし、十四番から先を急ぐことにした。 |
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| 第十四番 岡村 東村山郡中山町岡 | ||||||||
| 山形市から寒河江市に入る手前にある。養老5年の開創で大変古い。ご本尊は奈良の長谷寺の観音像と同木で、行基作と伝わる。仁王様を見ると白い褌を着けておられた。堂内に巡礼絵馬等多くの奉納額が掲げられていて、興味深く拝見した。 | ||||||||
| 正面 | 仁王 | 岡村観音堂 | ||||||
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| 第十五番 落裳 寒河江市柴橋 | ||||||||
| 最上川を渡って寒河江(さがえ)市に。広大な農地が広がる。寒河江ではさくらんぼの栽培も盛んだ。落裳(おとも)観音の由来は、小野小町にあり。小町が天女の落とした裳を拾い持仏の観音像と合わせ奉納し、観音堂を開いたと伝わる。 |
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| 寒河江の農村 | 落裳観音堂 | 巡礼絵馬 明治42?年 男性は帽子を被っている | ||||||
| 第十六番 長岡 寒河江市丸内 | ||
| 十五番から寒河江の街を通り抜けて2㎞ほどの所にある。ご本尊十一面観音は春日の作。観音堂の扁額は「施無畏」、救われる気持ちになる。 | ||
| 長岡観音 | 観音堂 | 施無畏 |
| 第十七番 長登 西村山郡西川町睦合 | ||
| 十六番から西へ11㎞余り、月山の麓に近い。お堂をお世話されている長登家は開基当時から代々別当を継いでおられるというからすごい。ここも行基の開基。 | ||
| 長登家から山を少し登って | 石段を百段程登って | 長登観音堂 |
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| 第十八番 岩木 西村山郡河北町岩木 | ||
| 広く美しい秋の山形盆地を走る。遠くに見える奥羽山脈の山容もいい。岩木観音堂は近年新しく再建されたばかりだが、深い木立の中の佇まいは札所としての古い歴史を十分に感じさせる。現代に立派なお堂を再建された地元の人々の篤い信仰心が、檜の香りと共に伝わってきた。 | ||
| 河北町から奥羽山脈 | 吹き流しがいい | 水かけ地蔵 |
| 第十九番 黒鳥 東根市大字東根本丸南 | ||
| 黒鳥山の頂上近くにお堂があるが、登り道が分からず行き過ぎてしまった。無事山に登ってお堂を見ると、山上にあって長い間風雪に耐えたきた風格のようなものを感じる。ガラス戸から光が入ってくるので堂内の写真を撮らせていただいた。 | ||
| 駐車場からお堂へ | 黒鳥観音堂 | 観音堂内 |
結婚式の絵馬が沢山奉納されていた。後で尋ねると”むさかり絵馬”と呼び、未婚のまま夭折した子を不憫に思い、生きていれば年頃となった頃に親達があの世での結婚を願い奉納するものと聞いた。”むさかり”とはこちらの方言で結婚式のこと。できなかった小学校入学の絵もある。 |
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| 第二十番 小松沢 村山市楯岡 | ||||||||
| 東根市から北隣の村山市へ。ここも山の上へと登って行く。駐車場から少し歩いて谷へ下りて行くような所にお堂がある。夕方近くなりひんやりとした冷気と柔らかい光の中でお堂を見た。清浄な空気も気持ちよく、いつまでもいたいお堂だった。 | ||||||||
| 小松沢観音堂 | 山門 大わらじ | 観音堂 | ||||||