能登三十三ヶ所 二日目 2014年9月12日


かつては十二坊を数える一大山岳霊場で、行基も参籠し源頼朝・義経・弁慶も訪れたことがあるという。朝の静かな高爪神社の境内の片隅に26番の小さなお堂があった。
高爪神社 神社内にお堂がある
   
26番 大福寺  志賀町  国道249号沿いにて 
   
   
今回、最初の難所。門前町小滝の集落から2qほど林道を登る。頂上付近に「高尾山かんのん道」の石標がある。ここを行っていいものか草刈をしていた人に尋ねる。「ワシの車をよけるから、通って行きなさい」と軽トラを移動して下さった。
28番 立持寺  輪島市門前町   
   
「高尾山かんのん道」を車で300mほど入って行くと、お堂があった。古くから行者や修験者の教院であったという。 
かんのん道 境内に行きつく  28番 立持寺  輪島市門前町 
   
近くに古和秀水(こわしゅうど)がある。総持寺の開祖瑩山禅師が龍神より賜ったと伝えられる霊水。27番宝泉寺は、行基が開き空海が再興したという鉄川寺の護摩堂だったところ。その護摩堂の本尊不動明王は最澄作と伝わる。
日本名水百選 古和秀水  27番 道下宝泉寺  輪島市門前町
   
 
ナビを頼りに行くと、新しい道ができたせいだろうか、田圃の中の農道で立ち往生してしまった。農家の軽トラが向うからやって来て鉢合わせとなった。訳を言うと、ついてこいよと案内して下さり、29番の当番さんまで呼んで頂いた。納経帳があると伝えると、当番さんは自宅までご朱印をとりに。
和田の伊須流岐神社内にお堂がある  御朱印を自宅にとりに向かう当番さん
   
29番 谷内和田長楽寺  輪島市門前町和田 和田集会所の玄関先で御朱印をいただく
   
輪島の街に入って。泰澄大師が養老4年(720年)に建立したとされる。今は永福寺の境内に小さなお堂としてある。ご本尊の如意輪観音は泰澄大師が三国伝来の像を祀ったとも、恵心僧都の守護仏だったとも種々の伝承がある。
札所案内の石碑があった 30番 横川誓願寺  輪島市鳳至町 
 
   
県道1号から入ってすぐに石段がある。登って行くと異様な仁王像と目が合った。本堂と仁王門が合体したような他所では見ない造りだ。泰澄大師の建立で、往時は七堂伽藍を有した。現在の堂宇は1734年の建立。
31番 粉川寺  輪島市横地町 石段を登ると、仁王が睨みつける
   
輪島から曽々木に向かう。国道249号線、能登らしい景観が続く。 道の駅「千枚田ポケットパーク」で車の充電をしながら昼寝。200Vの充電器で40分、11q走行分の充電にとどまった。
折り重なる岬  白米の千枚田 道の駅より 
   
   
曽々木海岸近くの岩倉寺の山号は白雉山といい、寺の縁起は白雉2年(651年)にまで遡る。
 32番 岩倉寺  輪島市町野町 山門と本堂 
   
   
曽々木から海岸線を北上し能登半島の先端へ。 日本海に面した外浦は波が押し寄せ絵になる。釣り人がいて黒鯛が獲れるという。
曽々木海岸 窓岩 
   
   
真浦 このトンネルの奥に接吻トンネルがあるそうな 虹が 
   
   
狼煙付近で  寺家の漁港 
   
   
能登半島の突先の三崎町の海に面して翠雲寺はある。旧名は高勝寺で能登唯一の天台宗寺院。比叡山焼討の兵火もこの地まで及び十二坊のうち一坊だけが残ったとされる。それも明治の神仏分離令で廃寺になり、明治8年に翠雲寺となって復興したという。隣に神の方の珠洲神社があって、祭礼の準備がなされていた。後で知ったが、ここは壮大な寺家キリコ祭りの舞台になるところ。
33番 翠雲寺  珠洲市三崎町寺家  珠洲神社 
   
   
 夕陽を撮ろうと木ノ浦まで12qほど戻った。 椿の展望台に行くと千葉から仕事で来ているという女性と三脚を立てている男性に出会った。男性は同じPHEVに乗っており、話しかけると車中泊の達人で車の後部には棚がしつらえてあり電子レンジまで積んであるという。今夜は私と同じ珠洲の道の駅で泊まるという。道の駅でも、同じ年ということもあって気安く話をさせてもらい、車中泊のコツを伝授していただいた。
七ツ島  舳倉島  椿の展望台から 
   
   

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