能登三十三ヶ所 三日目 2014年9月13日
| 珠洲の道の駅で目覚める。初めての本格的な車中泊の朝は爽快であった。コンビニのサンドイッチで朝食を済ませ出発。富山湾沿いに35q南下して穴水町へ。 | |
| 見附島 通称”軍艦島” 珠洲市 | 2番 上田寺 穴水町宇加川 |
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| 明泉寺の手前に鎌倉屋敷と呼ばれた一角があり、中世の石塔群並ぶ。中央奥には源頼朝の墓とされる宝篋印塔が建つ。 | |
| 1番 明泉寺 穴水町明千寺 | 明泉寺石塔群 |
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| 寺伝では白雉三年(652年)の開創という真言宗の古刹。 3年前に北陸三十三ヶ所を回ったとき、ご住職に雪の中を車で穴水駅まで送って頂いたことがある。その時のお礼を述べたいと思っていたが留守のようであった。 | |
| 石造五重塔(重文)と本堂 | 釈迦堂 木造では最大級(3.4m)の釈迦坐像 |
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| 再び海沿いの県道34号に出る。富山湾に面した内浦の海が光っていた。絶えず波が押し寄せる日本海側の外浦の海とは変わって穏やかな海だ。 | |
| 人家の玄関先で | 内浦の海 |
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| 穴水を抜けて七尾へ | |
| 祭の山車 山中の集落 | 穴水から能登島 |
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| 七尾市の中島町にやって来た。虫ヶ峰への登り口に七尾市指定文化財の案内板があった。「南無阿弥陀仏」の板碑で、永和3年3年(1377年)の年号がある。 | |
| 七尾市中島町の風景 | 板碑 |
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| 今回最大の難所。標高300mの虫ヶ峰山頂へ林道を2.5q駆け登る。林道の入口に工事中・区間通行止めの表示があった。どの区間か分からないので、ままよと進んでいくと少し広い道に出るとやはり工事中。運よく工事はもう終わるという。トラックを退避させるため、100mほどバックして、工事の完了を待った。虫ヶ峰山頂に着くと風力発電機があるだけで、観音堂が見当たらない。 | |
| 標識どおり工事中 | 頂上には風車だけ |
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| 林道はUターンできないので、風力発電機の下に車を止めてお堂を探した。15分ほど探して、まだ夏草が生い茂る中に人の踏み分けた跡を見つけることができた。 観音堂は行基が鉈彫りの観音像を祀ったのが始まりと伝わる。 | |
| この杣道の入口が分からなかった | 24番 虫ヶ峰観音堂 七尾市中島町 |
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| 山から無事下りて、23番へ。 | |
| 23番 谷内妙法寺 左観音堂、右白山社 七尾市中島町 | 七尾湾 遠くに通り雨が見える |
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| 七尾湾の白浜という海辺近くに小山のような高台がある。この小山を行者と牛が築いたことから牛ガ鼻の名が付いたという。 | |
| 22番 牛ガ鼻観音堂 七尾市白浜町 | |
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| 21番 橋爪観音堂 七尾市高田町 | |
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| 七尾湾の能登島にやって来た。島を半周してえの目漁港に着いた。そこから石段を上がって3番へ。 札所は嶽神社。 | |
| えの目漁港 | 3番 F目嶽の宮 七尾市能登島 |
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| 七尾の街に入る。弘法大師が観音像を彫って祀ったのが妙観院の始り。 竜宮門の上に弁財天のお堂がある珍しい造り。 | |
| 7番 妙観院 七尾市小島町 | 弁財天 門の上 |
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| 大同元年(806年)に京都の清水寺と同時に創建されたと伝わる。往時は七堂伽藍を有したとされる。 | |
| 万行の里 | 6番 清水観音堂 七尾市万行町 |
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| 平安末期に造られたご本尊の千手観音座像は国の重文。上杉謙信の七尾城攻めで伽藍を焼失するも、観音堂だけが焼失を逃れたという。 | |
| 5番 海門寺 七尾市大田町 | |
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| 七尾から富山湾に突き出たような観音崎があり、その先に周囲200mの小島がある。 鹿渡島、別名観音島と呼ばれる小島には観音堂だけがある。島付近の数軒で守られてきた観音様だが、由緒の言い伝えは推古天皇の時代にまで遡る。 | |
| 観音島 | 4番 鹿渡島観音堂 七尾市鵜浦町 |
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| 七尾湾夕景 渡鹿島付近から | 三室町から能登島大橋方向 |
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