第一回

2004年10月2・3日

小雨模様の早朝、岐阜を二人で出発。 15分ほど走って車のバッテリーのコーションランプが点灯しているのに気付く。 どうもおかしいので喫茶店に車を止め、ディーラーの人に来て頂く。 持ち帰り点検となって、代車で出発することになった。せっかく早起きしたのに1時間のロスとなった。 岐阜から長良川に沿って下り、桑名東から東名阪に入り,伊勢自動車道から国道42号に移ってまず尾鷲を目指す。予定していた伊勢参りは車のトラブルの時間ロスにより断念。

   

国道42号を紀伊長島から尾鷲に向かって走っていくと、『海山町通行止め・迂回路なし』の警告が出ている。 9月29日の台風21号の集中豪雨で大きな被害を受けられたばかりで、沿道の店々でイスや什器等が運び出されていた。 こちらは旅行で、申し訳なく思う。


   

2時前に停止している車の列につく、どうやら通行止め地点に来たらしい。 前のトラックの運転手さんに尋ねると『3時に開通の予定』とか。 運よく『海山 道の駅』の前にいたので、道の駅でまわりの山並みなどを撮って時間をつぶす。 3時10分頃開通、土砂崩れの復旧箇所を通る。


   

海山から尾鷲へ、そして熊野川を越えて和歌山県に入る。4時半に熊野速玉大社に到着、参拝。 まだ泊まるには早いので、那智の滝に向かう。 那智の滝は三度目だろうか、飛瀧(ひろう)神社境内から御神体の滝を写す。 落差133mという日本一の滝。


那智の滝

   

第一番 那智山青岸渡寺
10月3日朝、いよいよ第一番札所那智山に向かう。途中、熊野古道の入口に立ち寄る。 駐車場から立ち並ぶ土産物店の軒先を縫うようにつたって石段を登っていくと第一番札所の石柱が。左手の鳥居は熊野那智大社。 青岸渡寺でお参りを済ませ、白いおいずると納経帳を二人で買う、私は金剛杖も買った。 共にお印は四国八十八ヶ所の『南無大師遍照金剛』ではなく、『南無観世音菩薩』。


   

御本尊は如意輪観世音菩薩。 年に三日の開扉で、この日は拝めなかったが、本堂前に立たれる聖観音像も優しさあふれるお姿でした。 境内からは那智の滝が見え、また 三重塔からの眺めも素晴らしかった。


   

10時半に那智を発って、国道42号線を大地、串本とまわり橋杭岩と本州最南端にある潮岬灯台を眺める。もう12時をまわっていたため、灯台の見学をあきらめ先を急ぐことにした。 途中、田辺から阪和自動車道に入り、和歌山手前の海南インターで下り、和歌山市街に向かう。


   

第二番 紀三井寺
小雨が上がり、15時40分に和歌山の紀三井寺にようやく到着。 山門をくぐって急な石段を登って行くと石の観音像がおわし『幸福観音』とあり、石碑がある。『敗戦後の中国大陸からの脱出行は・・・凄惨をきわめた。非戦闘員や婦女子幼童の多くは・・・故国への懐いを抱きつつ広野に屍をさらした・・・南無大悲観世音菩薩 諸霊をおん袖に抱かせ給え』と。


   

御本尊は十一面観世音菩薩。 4時を過ぎ、和歌浦湾に日が傾き始める。門前の喫茶店で休み、私は電車で新大阪に出て倉敷へ、家内は車で阪和自動車道から名神高速を経て岐阜へ帰る。

一番から二番までは、熊野灘から紀伊水道沿いに紀伊半島を半周する行程で約200kmある。 歩けば1週間はかかろう、よく昔の人は歩いたものだと今更ながら感心する。 西国三十三ヶ所の全行程は、四国八十八ヶ所とほぼ同じの1000km余りとされる。 紀伊半島から奈良・京阪・丹後そして琵琶湖を巡り岐阜にいたる道は、四国ほど温暖ではないことを思えば、本当に険しい道であったろうと思う。 自分なら一番から二番へ向かう途中できっと挫折しただろう。

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