| 一〜二番 (和歌山) 第一回 |
三〜九番(奈良和歌山大阪) 第二回 |
十〜十四番(京都滋賀) 第三回 |
| 十五〜十九番 (京都) 第四回 |
番外(東大寺二月堂お水取り) 第五回 |
二十〜二十七番(京都〜兵庫) 第六回 |
| 二十八〜二十九番(京都) 第七回 |
三十〜三十二番(滋賀) 第八回 |
三十三番 満願 (岐阜) 第九回 |
| 大 悲 納経帳 |
夫婦での西国三十三カ所巡りは2004年10月2日に和歌山に向かって始まり、2006年3月11日に郷里の岐阜で満願を迎え終わった。
今回は車で廻ったが、いつの日か歩きとJRで廻ってみたい。また、観音浄土の補陀洛の名をとったチベットのポタラ宮殿にも行ってみたい。私の夢想は広がっていく。
最近、25年前に買った『チベット潜行十年』(木村肥佐生著)を読み直した。終戦前後にモンゴルからチベット、インドに潜行した記録の書で、こんな一節に出会った。
『一生に一度はラマ教の総本山チベットのラサか、せめては近い青海省のクムプム寺に参詣したいというのが蒙古人共通の念願である。 - 略 - 年々、多くの蒙古人がこの参詣に旅立つ。ある者は多くのラクダを連ね、ある者はだだ一頭のロバを追い、ある者は着のみ着のまま一個の木椀をふところにして、ひょうひょうとその旅に上る。その旅は数年を要し、ある者はついに帰らない。しかも熱砂の海も、岩山の峻険も、厳しい国境監視も、彼らをはばむことはできない。』
読んで唖然とし唸ってしまった、「着のみ着のまま一個の木椀をふところにして、ひょうひょうと」とはなんと凄まじい狂気かと。しばらくして狂気ではなく、逆にさめているのかも知れないと思った。自らに峻厳と菩薩行を課しているかにも想像できる。また、そういったことを超越して、吹いてきた風に押されるかのように自然と歩を進めたのかも知れない。 チベット巡礼「ひょうひょう」の発起、私には楽しい謎である。