第九回 満願
2006年3月11日
私の住む岐阜市の南はずれからは、三十三番札所へは車で小一時間で行ける。 子供の頃より、何回も訪れている。 小学校の遠足できた覚えもある。 こちらでは、もちろん三十三番などと呼ばず、寺名の華厳寺とも呼ばない。ただ『たにぐみさん』と呼ぶのである。 桜には早いが、啓蟄の好日に西国三十三カ所満願の日を迎えた。

岐阜市街からは長良川を越え、北上する。 谷汲の奥には、明治時代の濃尾地震でできた断層や樹齢1500年をこえる薄墨桜で有名な根尾村がある。谷汲さんには根尾川に架かる赤い欄干の橋を渡っていく。 私が運転し、家内が撮る。

駐車場から参道へ出るところに、大きな三十三ヵ所の案内図が掲げられている。満願を迎えた人々が来し方を振り返る趣向にもなっているようだ。
第三十三番 華厳寺
駐車場から山門まで300mほど続く参道の両側にはみやげ物や飲食の店が並ぶ。 近頃、目を引くのは仏画・仏像・仏具などの店で、中国製の商品が多いようだ。比較的安く、白木の観音像を物色するが気に入ったものがなかった。 山門の仁王像は運慶作と伝えられる。
山門をくぐると木立にそって奉納のぼりが何本もたち、中央に焼香場がある。何年も変わらない境内である。 手水場では33番までよく来たと、満願の褒美に観音様が水を注いで下さる。
経蔵と延命菩薩像。共に小学生のころ写生にきて、描いた記憶がある。この延命地蔵は江戸時代の終わりに、名古屋の人達が発起し、谷汲山、長谷寺、黒谷寺に奉納したことから三谷地蔵と呼ばれるそうである。
本堂にて(家内撮影)
ご本尊は十一面観音菩薩で秘仏である。 お勧めは、意外と知られていない戒壇めぐり。冷気漂う真っ暗な闇を足もとおぼつかなく進むと、光明がさす。信濃の善光寺の戒壇めぐりが有名だが、私はここの戒壇めぐりが好きだ。でも今回は岐礼の観音堂にも立ち寄ろうと、時間の都合で戒壇めぐりは見送ることにした。 ネットで知ったが、戒壇を備えた善光寺の別院が全国にある。岐阜県では関市の善光寺がそうで、関善光寺の卍戒壇は高校生のころ友人とめぐったことがある。
本堂を縁に沿って巡ると、左手においずる堂がある。千羽鶴に彩られた渡り廊下を渡ると、巡礼の間にまとった白いおいずるや菅笠や納経帳が奉納され、うず高く積まれてある。 本堂裏手に進むと身代わり地蔵さんが座しておられる。自分の体にわるいところがあれば、1枚10円のお札を地蔵さんのその部位に水に濡らして貼り、お祈りをする。私は三枚、家内は五枚を貼った。
お参りを済ますと、精進落としの鯉をなでる。 満願霊場だけのものである。 山門を出て、茶店でいつものとうふ田楽と満願そばを食べた。 とうふ田楽は、赤みそのたれに山椒が利いて、いつ食べても美味い。ひなびた美濃の味と言えようか、好物の一つである。 満願そばは、当然のことながら今回が初めてで、精進落としということで、ニシンか鮎か気に止めなかったが小魚が入っていた。
谷汲山から戻り、根尾川に沿って20分ほど山間を上っていくと岐礼に着いた。 ここは家内が白洲正子さんの本の案内で、先に来たことがあり、家内の先導について行く。家並みの間から裏山に伝う小道をいくと、三十三ヶ所の石仏が並んでいて、その奥にお堂とは趣が異なる、小さな公民館のような建物があり、そこに岐礼の十一面観音は祀られていた。無人の観音堂に上がって、間近に素朴で厳かな観音様を拝した。白洲正子さんは、『このような観音様が、信心ぶかい村人によって、ひそかに守られているのを見ると、心の底から暖まる思いがする』と書いている。 私たち夫婦の三十三ヵ所の観音霊場巡りのしめくくりに、色を添えてくれた番外の観音堂であった。