恵那三十三観音霊場巡礼 (画像をクリックすると拡大されます)
第3回 串原・明智・山岡町 平成25年4月13日
| 第十七番 黄梅院 恵那市串原木根 | ||
| 二日続けての巡礼行。恵那駅から50分、明智線の終点明智駅に着く。ここからいつものように貸切状態のコミュニティ・バスで20分、矢作ダムに近い串原に着いたのは10時40分。黄梅院は落ち着いたお寺であったが、あたふたと15分ほどでお参りと納経を済まし、折り返しのバスに乗って明智駅に戻る。駅から日本大正村の一角を眺めながら18番へ向かう。 | ||
| 明智線 明智駅 | 黄梅院 | 日本大正村 浪漫亭 |
| 第十八番 観音寺 恵那市明智町 | ||
| 15分ほどで観音寺に着く。地元では滝坂観音と呼ばれ親しまれていて、お堂にその様子がうかがえる。ここに一の谷の戦いの奉納額があった。平敦盛と熊谷直実の絵で、これは美濃三十三所の弘誓寺にもあった。しかし、熊谷直実の所領に近い秩父三十四所にはなかったように思う。 | ||
| 観音寺 | 癌ふうじ、中風ふうじ 滝沢観音 | 奉納額 一の谷の戦い |
| ご朱印をいただこうと大師堂内をのぞいていると、工事の人が恵那三十三ヶ所ですかと声を掛けてきた。実はこの方がご住職で、二回目の四国を区切り打ちされておられるとのこと。四国へは名古屋に出て、深夜バスで行かれるそうで、これもキツイ。四国のことで話が盛り上がって、記念のショットを撮らしていただいた。そして厚かましく私の千社札をお堂に貼って下さるようお願いした(糊を持ち合わせていなかったので)。 | ||
| 古くから信仰を集める観音堂 | ご住職 | |
| 第十九番 安住寺 恵那市明智町杉野 | ||
| 観音寺から安住寺までは約4qの道のり。国道363号から山に入って行くが、その入り口から安住寺まで1.7qを赤い観音旗が案内してくれる。 | ||
| 緑の旗は交通安全の旗 | 観音の道しるべ | 安住寺 |
| 本堂に山本芳翠の自画像等が架かっている。何でも、芳翠はこのお寺の寺小屋で学んでいたそうで、当時の住職の勧めで絵の道に進んだ由。昼のおにぎりを食べようとしたら、お茶とお菜を出して下さった。暖かな本堂濡れ縁で庭を見ながらいただいた。 | ||
| 本堂 | 山本芳翠自画像(本物は県美術館) | 濡れ縁に出て、庭を見ながらおにぎり |
| 第十三番 萬勝寺 恵那市山岡町馬場山田 | ||
| 安住寺から萬勝寺までは5q、途中200mほどの高さの峠を越えて行く。安住寺でゆっくりしすぎたため、ピッチを上げて歩き時間を詰める。しかし山岡町の方に下りた時には疲れ果ててしまった。農家の前に青いオート三輪が止まっているのを発見。若いオーナーの方が手入をされていて、私の勤めていた工場でも古いオート三輪を復活させたことがあります等々、話が弾んだ。 | ||
| 峠を越えて 明智町から山岡町へ | こういう所を歩いてます 山岡町 | マツダのオート三輪 昭和39年製 |
| 疲れたので一休みしようと、格好の場所があったので座り込む。目の前で作業をしていた農家の方と話しをする。「あの桜はわしが20年前に植えたんだ」、「昔はわしも寒天を作っていたよ」。この辺りは有名な寒天の生産地。「どうして海のものをここで作るんですか?」、「冬寒くて、雪がなく、乾燥してるから、寒天を固めるのにいいんだ。今は作る人は少なくなった」。 | ||
| わしが植えた桜 | 昔は寒天を作ったんだ | 萬勝寺への上り坂 |
| バスの運転手さんの話では萬勝寺は桜の名所のようだが、残念ながら見ごろを過ぎていた。萬勝寺の本尊は十一面観音だが、もう一つ別格本尊として千手観音を祀る観音堂があって、飯高観音と呼ばれ東濃では初詣の参詣者が最も多いという。 | ||
| 萬勝寺 惜しくも桜は終わろうとしていた | 本堂 | 飯高観音 |
| 帰りの列車に乗るため花白温泉駅に向かう。途中でウォーキング・ナビがフリーズしてしまい道に迷いながら駅に着いた。駅の前に一軒の温泉があり、湯につかって帰りたいところだったが、、、。 | ||
| 花白温泉 | 花白温泉駅にて | |