第五回 其の二 2003年12月7・8日 室戸岬〜第二十七番



室戸岬 灌頂ヶ浜

その昔、弘法大師が灌頂(カンジョウ=頭から水を注ぐ)
の儀式を行ったことからこの浜の名がある。

6時半から浜に出て待望の室戸岬の日の出を撮る。
予想していたポイントよりかなり南よりからの日の出
となったので、岩場を大急ぎで移動し大きな岩の上に
よじ登り撮影。


    第二十四番最御崎寺

    8時に室戸荘を発って遍路道の石段を登る。苔むし
    た石段の角々がまるくなっている。『幾人の人々が、
    何を想って通ったのだろう』、、、、、と神妙な思いに
    耽ったのも束の間。やがて息が切れ脚が張り、その
    エライこと。
    40分間の苦闘のすえ山門にたどり着いた。
    幾人の人々が何を想ったかが判った。

    傾いた写真から疲れの程が伺える?

納経所も済ませ灯台を見に行こうと考えていたら、
お遍路のことを調査している高知大学の学生さんに
インタビューを受ける。
Q.どちらからですか?
A..倉敷から、単身赴任してます。
Q.動機は?
A..酔った勢いで公言したから。
Q.お寺をまわりながら観光もしてますか?
A.そんな余裕ありませんヒタスラ歩いてます。
  よかったらホームページ見てください。

俄か遍路は十年に一度のことと、記念撮影をお願い
した。
    灯台を見るはずが反対の方に出てしまった。
    足が心配なので下りは車道を通る。
    漁港を囲むように室戸の街が広がる。

    国道55号に出たところに喫茶店があり、朝の
    コーヒーを味わう。55号沿いには喫茶店が所々
    にありコーヒー好きの俄か遍路は大いに助かる。
    前日は缶コーヒーを4回も飲み、4缶目はさすが
    に気持ちが悪くなってしまった。




室戸の街を歩く。ところどころに紅い花が、、、、
ハイビスカスのようだ、、、暖冬とはいえ不思議。

室戸のこの花から、桜ではないが
『花』
 ↓
『花へんろ』
 ↓
渥美清さん
 ↓
『お遍路が 一列にゆく 虹の中』(渥美さんの句)
と脳の回路が連なった


    第二十五番津照寺

    喫茶店から小一時間歩いて、室戸の街中の二十五番
    札所に着く。石段を跨ぐように鐘撞き堂がある。御本尊
    は楫取延命地蔵菩薩。
    昔、藩主山内一豊を乗せた船が沖で遭難しかかった
    時に、一人の僧が現れ楫(かじ)をとって船を助けて、
    忽然と姿を消した。翌日お堂をのぞいて見ると、ご本尊
    の地蔵菩薩は潮に濡れていたという言い伝えがある。
    




石段を登る。とあるお堂の陽だまりに、、、ネコ

さて、お参りを済ませ納経所に伺い納経帳を出すと、
『シミがある』と奥から一言。気が付かなかったが
前日雨にあった時に、濡れてしまったようだ。
『ビニール袋に包んで、もっと大切にするように』との
仰せ。




    55号線沿いの食堂で昼を済ませ、二十六番へ。
    遍路道の入り口が分からず、結局車道を45分かけて
    登る。汗がでる。


    途中、土佐湾を望む



第二十六番金剛頂寺

室戸は日本の捕鯨の発祥の地で、この寺はかって
鯨寺の異名をとったそうだ。



    立派な香炉。龍が好きなので、龍の造形物に目が
    行く。 こういう大きなものでも香炉と呼ぶのだろう
    か?

    納経所で近道になるはずの遍路道の降り口を尋ね
    るが、呑み込めない。車道を下ると時間のロスが大
    きい。
    来合わせた徳島の若い男性に車で55号まで送って
    頂くお接待を受ける。行当岬まで乗せて頂いた。
今夜の宿は、奥に見える羽根岬のその向こう。









    海沿いの55号を独り黙々と歩く。
    やや風があり、向かい風。
    仕事のために持ち歩いたパソコンも、PHSがつながら
    ず役に立たなかった。
    パソコンの重さのせいか、向い風のせいか思ったよう
    に距離が伸びない。




吉良川の町を歩く。
独特の水切り瓦は台風などから家屋を守るための
ものとのこと。
美しい町並みは国の重要伝統的建造物群保存地区
に選定されている。




    もう低くなった陽の光が水面を走る。

    セルフで一枚。

黒潮の海に陽は沈んだ。
まだ羽根岬は遠い。

すっかり暗くなって6時近くに羽根岬を過ぎる。
30分程歩いて寒さもありGIVE UP。バス停に座り込む。

10分程まってバスに乗る、奈半利にある今夜の宿は
かなり先とのこと。運転手さんに、バス停ではないが
宿に一番近いところで降ろして頂く。7時近くに到着。

美しいウエイトレスさんのお奨めのカツオのたたき定食
を頂く、季節外れのはずなのに、大変美味だった。



    宿は二十三士温泉。
    街の人も入りにくる温泉ランドのようなところで、
    宿泊もできる。部屋は新しくきれいで快適。
    入念にジェットバスに浸かり、脚の疲れをとる。

    8日朝撮影

    入口の石碑は『至誠はならず、、』と始まる。


温泉の向かいの河原に『二十三士殉節之地』と刻んだ
碑がある。

幕末の土佐藩、尊王攘夷の士23名は野根山に集結、
土佐勤皇党の釈放や藩政改革を要求。しかし藩は討伐
軍を送り、二十三士は逃れるが阿波藩に捕捉され土佐
に引渡されてしまう。
二十三士は一度の吟味もなく奈半利河畔で打首に処せ
られた。(温泉で頂いたパンフレットより抄出)
十代の若者も四名いたようだ、若い命が悼まれる。


    第二十七番神峯寺


    三菱を興した岩崎弥太郎の成功を祈願して、母親が
    20Km離れた井ノ口から裸足で歩き21日の願をかけ
    たという話が伝わる。

    この寺の参道は切立ったような勾配45度の石段で、
    脚が強くて早い人でも40分はかかるという。



鮮やかな紅葉

実は、神峯寺には宿からタクシーでの参詣となった。
前夜にあらためてガイドブックを読むと、歩きでは行き
だけで3時間はかかりそうで、これでは会社に4時には
戻れない。 二十七番は再度出直すには一日がかりに
なってしまう。 というわけで止む無くタクシーになった
次第。
    土佐くろしお鉄道ごめん・なはり線、唐浜駅の
    シンボルはお遍路さん。
    唐浜駅から後免駅に向かい、帰路に着く。

    今回の忘れ物
    初日の6日に徳島駅で降りた特急『うずしお』に
    同行二人のお印のある菅笠を置き忘れてしまった。
    徳島駅に電話して、またもや宅急便着払いにて
    送り届けてもらう。
    薬王寺にて少し小ぶりの菅笠を、今後のことも
    あり予備として求める。

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