第六回 2003年12月26・27日 第二十八番〜第三十三番
一足早く正月休みに入り、26日9時35分に南風1号 で土佐山田駅に降り立つ。 今年の打ち止めとして、区切りのよい三十三番札所 までまわる計画。先ずは4Km程先の大日寺に向かう。 |
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物部川を渡って土佐山田町から野市町に入る。 遠くの山は剣山だろうか、、、? |
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第二十八番 大日寺 駅に降りたときは冷え込んだ感じがしたが、1時間程 歩いて小高い山の中腹まで登って、更に石段を上がり 山門まで来ると、汗が滴る。 |
二十八番を出てややあって、四国の道『野市休憩所』 を発見。せっかくのことと、煙草を取り出し本日の第一 回目の休憩を取る。 ここから二十九番札所までは車道で12Kmほどある。 途中、昼食を取りながら順調に進む。 が、歩いても 歩いても標識も見当たらない、出会わした婦人に尋 ねるとあらぬ方向にいるらしい。 市電のごめんまち駅付近で曲がる道を誤ったようだ。 がっかりしながらコンビニのまえで現在地を確かめて いると、流してきてタクシーの運転手さんと目が合う。 |
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| 第二十九番 国分寺 1時間のロスをカバーしてタクシーで山門に到着。 |
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柿葺(こけらぶき)の屋根が美しい本堂。凛とした 気品が辺りを払う。 山門を入り正面に見る本堂の調和のとれた姿は 格別。 |
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優しい観音様にお会いする。 観音様は、困難に陥った人が一心にその名を唱えれ ば、たちどころに三十三の姿に化身して救済して下さる という。 名を呼ぶ音声に観ずるところから『観音』の名の由来が あるそうだ。 また霊場三十三ヶ所、三十三間堂等、三十三は観音様 に因む数字。 こういったこともお遍路を始めて知るようになった。 |
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冬枯れの庭に山茶花が美しく散って、、、 |
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| 国分寺を出て時間節約のため遍路道を行く。しばらく あぜ道を進むと遍路道が工事中で大きく迂回。 国分川の対岸より工事中の遍路道を眺める。 南国市の国分寺から高知市一宮の三十番札所まで は約8Kmの道のり。 |
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第三十番 善楽寺 陽も大分と傾いてようやく到着。 途中、東京から 業務連絡が入る。 『高知だって? 何してるの?』 という会話になり、ホームページのURLを伝え理解 をして頂く。 |
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前日ネットで予約した高知駅前のホテルに向かう。 くま川を渡る。 夕食、隣の席は忘年会。俄か遍路も独りで納会を しようと、クエの寄せ鍋、はがつおのたたき等を頂く。 9時就寝、10時30分起床。 1時間半で目が覚め てしまった。缶ビールを飲んだりするが眠れない。 12時にマッサージをお願いする。 『オキャクサン、コバワー』とやってきたのは、中国 山西省からきて日本語を勉強している真さん。 日本にきて1年半になる真さんは夏目漱石が好きだ という。 |
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27日の朝。 ホテルでトースト1枚、ゆで卵、ミニサラダの超軽い 朝食を済ませ、7時半に出発。時雨がいったあとの 高知市街を歩む。 写真はご存知『はりまや橋』、これから向かう竹林寺 ゆかりの橋。 橋の手前で同じく倉敷から来られたお遍路氏と同道。 玉島の方で夜行で高知駅に着かれたという。 |
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高知港に注ぐ国分川に架かる青柳橋を渡る。 橋の上では金剛杖を突かないお遍路のきまりがある。 弘法大師が橋の下で休まれた故事によるが、このとき すっかり忘れていた俄か遍路は玉島の方より注意を 頂く。 |
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青柳橋を渡り終え、五台山の遍路道を登る。 玉島の方は健脚、こちらはゼーゼー息を切らしやっと のことでついていく。 公園に『南国土佐をあとにして』の碑があり、『太平洋 戦争当時 大陸を転戦する将兵によって作り歌われ 、、、昭和34年にペギー葉山がうたい全国民に愛唱 されるに至った この生い立ちをしるし云々』とある。 |
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第三十一番 竹林寺 お遍路を始めた頃に、高知出身の宮尾登美子さんの 短編集『楊梅(やまもも)の熟れる頃』を読んだ。 その中に竹林寺の五重塔にまつわる一遍があった。 もう一度車中で読み直そうと思ったが、本を忘れて きてしまう。 しばし、この新しい塔に見入る。 納経所では上品な老婦人が寺務をされていた。 この方が若い頃に五重塔の建立に奔走した登場人物 なのだろうかと思いをめぐらす。 (納経所前にて) |
納経を済ませ、30分ほど遍路道の山道を下る。 ゴツゴツとした石が左の踵に痛い。 山を下りる頃には奥歯をかみ締め、顔をゆがめるほど の痛みになった。 |
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| 高知市から再び南国市へ、下田川に沿って歩く。 渡り鳥が多く飛来、踵の痛さも一時わすれ水辺の 鳥達を撮る。 |
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第三十二番 禅師峯寺 2時間程歩いて禅師峯寺の参道入り口に到着。 お参りをはや済ませた玉島の方と行き交う。 3百数十メートルの遍路道を登る。この道は石段では なく岩肌が露出している、延々と、、、人が岩を削り開 いたことにしばらく経って気づく。 息を弾ませ汗を流し、山門にたどり着く。 |
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山門をくぐると、えもいわれぬ表情のお地蔵様が 迎えて下さった。 |
| 境内より土佐湾を展望。 納経所で真っ赤になった納経帳を拝見した。2回目 からは朱印を押すだけ、墨書はしない。 何回もまわ られた納経帳は錦のようだった。 山を下りて14号線らしき道を浦戸のフェリー乗場に 向かうが、左踵が限界のようだ。足を運ぶたびにひ どく痛む。 タクシーを呼ぶことに決めたが、現在地が分らない。 人家もまばらで思案しながら歩いていると、車庫の 上に大きなヨットを置いてあるお宅があった。 タクシーを呼ぶ目印になる、、、 |
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そのお宅の前に近づくと偶然にご主人が出てこられた。 『この道は14号線ですか』と尋ねる。表札には所番地 まで、これでタクシーが呼べる。 ここで親切な方にまた出会った。 ご主人は『フェリーの時間は?今からなら間に合います 車でお送りしましょう』と。 俄か遍路はお接待をありがたくお受けし、送って頂く。 |
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| フェリーで玉島の方と同船。追いついたいきさつを お話する。 三十三番門前の食堂の暖簾に目が行く、ちらし寿司 とある。これも宮尾登美子さんの世界だ。 |
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第三十三番 雪蹊寺 今年のお遍路は観音様ゆかりの数字三十三で終え ようと決めて来た。(臨済宗妙心寺派も何かの縁か?) お接待を頂戴した方々や、道を教えて下さった人達、 あたたかく迎えて頂いた民宿、ホテル、喫茶店、食堂 の皆さん、、、おかげ様で、不心得者の俄か遍路も無事 三十三番を打ち終えることができました。 真似事で徳島をまわり始め、室戸までいこう、三十三番 まで年内にと続けてきた。今は心が足摺に向いている。 |
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今日は一度倉敷の寮に戻って、岐阜まで帰らねば ならない。 14時過ぎに高知駅から南風に乗り帰路につく。 電車で移動する時間は、お遍路の世界と現実の世 界を往来する不思議な時間空間だ。車中のまどろみ も淡く心地よい。 雪の大歩危駅に停車。運良く目が覚め、四国の雪景色 を楽しむことができた。 |