俄か発心・・・同行二人 月一お遍路レポート
2003年8月23日〜2004年9月18日
四国遍路につのる想いがあった訳でなく、まして篤い信心など持ち合わせていなかった。 酔った勢いで公言し、午前様で帰って入った風呂の中でその日の朝に行こうと決めた。 なぜかそのとき出発しなければ一生行かな い気がした。
17回四国に渡り、延べ31日を費やした。 1200kmといわれる遍路行、私が歩いたのは半分に満たない500km余り。
四国遍路の旅を重ねて、得たものは多い。
一つは、『自分の至らなさを再び知った』こと。 確かに人の情けを知った。 お接待という情けにあずかったが、自分はそういうことをしたことがなかった。 他人に親切にするとはどういうことか考えさせられた。
又、四国遍路をしていることで天狗になったときもあり、振り返るとこれも人としての至らなさの所業であった。
二つには色んな出会いがあったこと。
先ず人との出会い。 徳島の土成町の前坂翁、高知のヨットマン、民宿の方、札所の納経所の方、行き交った遍路の皆さん、道を教えて下さった町の人々、喫茶店の人、会社のAさん、、、多くの方にお世話になりました。
時には時空を超えて昔のお遍路さんとも出会ったような気さえもした。山の遍路道をあえぎながら登っていると、同じ道を同じ思いで往ったであろう幾千万のお遍路の息遣いに触れたような思いも経験した。
仏の気配にも触れたように思う。 幾つかのお寺では、自然と深く頭を垂れ心の底より念じた。 『何ごとのおわしますかは知らねども かたじけなさに涙あふるる』と詠んだ西行法師の心情がなんとなく理解できる一時であった。
そして、観世音菩薩との出会い。 十四番常楽寺で愛らしき観音像に目が止まり、二十三番薬王寺の魚籃観音が不思議で調べていくうちに、傾倒していった。
それから仏教や観音菩薩の本を読むようになった。 何冊かを読んだが、観世音菩薩については、瀬戸内寂聴、岡本かの子そして白洲正子各氏の本が順に道しるべとなっていった。 不思議なことに私にとっての観音菩薩への先達は女性ばかりで、慈母のようでもあり、女丈夫でもある方々だ。
次は、観世音菩薩ゆかりの西国三十三ヶ所をまわることに決めた。