第九回 2004年5月6〜8日 第四十一番〜第四十五番
5月6日 ゴールデン・ウィークの終わりに愛媛県の南東部を まわる。 16時47分児島発しおかぜ19号で松山に向かう、 今治付近で日の入りとなった。 松山で宇和海21号に乗換え、宇和島着は20時45分。 宇和島城近くのホテルに前泊で入る。 |
|
| 5月7日 ホテルを朝7時30分に出発、宇和島駅から予土線に 入り、8時10分伊予宮野下駅着、歩行開始。 前夜は寝つきが悪く、足取りが思い。電車の中で大勢 の女子高生に囲まれ緊張したせいか、ガムを水と一緒 に飲み込んでしまい、胃の調子も気になる。 天気は五月晴れでさわやか、穏やかな南伊予の山村 を行く。 |
|
| 第四十一番 龍光寺 駅から歩いて20分程で到着。 山門ならぬ赤い鳥居が ある、同じ境内にお稲荷さんと十一面観音が同居。 山号を稲荷山という。 |
|
| 南無観世音菩薩 具一切功徳 慈眼視衆生 福聚海無量 是故応頂礼 |
|
| 龍光寺を打ち終え、3kmほど先の四十二番札所へ向 かう。途中にきれいな池があり、休憩。中山池とのこと。 この三間盆地は深い山がないため水に乏しく、庄屋の 太宰遊渕という人が私財を投じ、寛永4年(1627年)か ら4年の歳月をかけ築いたと案内板にあった。 |
|
| 黒アゲハ、近寄っても逃げない。 | |
| 第四十二番 仏木寺 享保年間に建てられた清楚な本堂(右側)がそのまま 残っている。 救世観音がおわす。 『足裏(あなうら)の土踏むちから 女人われこそ観世音ぼさつ』 (岡本かの子) |
|
| なぜか境内に道祖神が、、、。 |
|
| 茅葺きの鐘楼。 昔からの姿が保たれている。 |
|
| 仏木寺を発って県道を歯長峠に向かって進む。 途中、車が止まって 『お遍路さん、遍路道の入り口はそこですよ』 と教えて下さる。山道で迷ったが、せっかくのことと 遍路道を行く。 30分ほど急な山坂を登る、途中見晴らしのよい所で 休憩。とにかくキツイ、大粒の汗が滴り落ちる。 仕事の関係でパソコンを持ち歩いているのと、宇和島 は遠いからと読みもしないのにつめた本でザックも 重い。 |
|
| ようやく県道に出る、しかしまだ歯長峠までの上り坂が、 続く。山道の遍路道で疲れ果て、足取りも覚束なく 歩いていると、軽のバンが止まった。 おばあさんが下りてきて、『お遍路さん、飲んで下さい』 と十六茶を差し出される。車には息子さんらしい方が ハンドルを握っておられ、二人で飲もうとされたお茶に 違いない。 息子さんがうなづかれるのを見て一本を頂くと、『2本と もどうぞ』と言われ、ありがたく押し頂く。 早朝に買ったペットボトルの水は、生温かく残りすくな だった。さっそく、木陰に腰を下ろし冷たいお茶で休む。 |
|
| 第四十三番 明石寺 歯長トンネルを抜け、今度は急な遍路道を下って県道 29号に出る。正午を過ぎて腹が減った、手元の地図に 記されてるコンビニがない! ようやく小さな商店を見つけ野菜ジュースを飲む。 少し元気を取り戻し歩き始めると、民宿の食堂があり、 ざるうどんをたべる。 宇和の町外れを通り、ようやく明石寺に到着。 参詣後、人がソフトクリームをおいしそうに食べている のを見て、俄か遍路も抹茶ソフトを。 |
|
| 明石寺から宇和町の町並みを抜け、卯之町の駅へ。 宇和の町では『文化の里商店街』をとおる、小さい ながら歴史を感じさせる街の風情だった。 卯之町の駅では美しくも可憐な感じの女性の駅員さん が一人で切符販売・場内放送と頑張っていた。 今回の遍路の前に、『愛媛県は古事記では美人の国』 ですよとさる方から教えて頂いた。確かに『愛媛』と書く、 調べると『愛くるしい美人』の意味だそうだ。 そんなお一人に駅で出会った思いがした。 |
|
5月8日 松山駅前より7時50分発の久万(くま)高原行き JR四国バスに乗り、44番札所に向かう。 運転手さんから『久万中学校前で降りるのが一番 近い』と教えて頂く。同乗のおばあさんからは切り 抜いた帰りのバスの時刻表を見せて頂く、また45 番札所から出る日に2本のバスの時間も教わる。 助かりました。 9時過ぎに久万中学校前に到着、コンビニで水と 栄養ドリンクを買って歩き始める。 |
|
| 山間の小さな町に美術館があった。『こんなところに 美術館が』という興味と新緑につつまれたたたずまい に惹かれ久万美術館に入館。 久万町出身の林業家故井部栄治氏が収集した作品 が展示されている。 鹿子木孟郎『婦人像』、寺内半月『淡黄磁観音立像』、 大西黙堂『千蟲戯画』がいいと思った。 |
|
| この美術館は久万特産の檜と杉を使った木造建築で、 落ち着いた独特の雰囲気がある。 女性のスタッフの方が丁重に応対下さる、写真を撮っ て頂きお茶まで淹れて頂いた。 庭に映える山際の新緑を眺めながら、砥部焼きの蕎 麦猪口とおぼしき器でお茶を頂く。 花瓶の中は『翁草』。花弁がとれて老人の頭髪のよう に白くなる、これもスタッフの方に教わった。 |
![]() |
| 第四十四番 大宝寺 美術館を出て15分ほどで到着。 寺号の由来は、百済の聖僧が大宝元年(701)にこの地 に草庵を結んで、十一面観世音を安置したことにある由。 また、江戸時代には一揆をおこした農民を庇護した歴史 を持つ。 俄か遍路の目当ては山頭火の句碑 |
|
| 山門の大わらじ。百年に一度架け替えられるとの こと。 |
|
本堂横に観音像がある。 山頭火に因んで、俄か遍路の好きな句を紹介、 『南無観世音 おん手したたる 水のひとすじ』 (山頭火) |
|
| 期待していた山頭火の句碑が見当らない、納経所 で尋ねると石段を下りたところと教わる。この寺で 実際に詠まれたのか尋ねると、『はい、大銀杏が 三本ありましてな、、、』と色々拝聴する。 写真では分かりにくいが、左階段側に一本と右は 階段側と奥の本堂側に二本、その大銀杏がある。 今はまばゆいばかりの新緑だが、晩秋には金色に 落ち葉が美しく散り敷くはずだ。 |
|
| 立派な山頭火の句碑があった。 『朝まいりは わたくし一人の 銀杏ちりしく』 |
|
| 10時半に大宝寺を発って、遍路道に入り峠を越える。 写真で見るより登りの勾配はきつく、小一時間で県道 に出たが朝からすっかり疲れてしまった。 |
|
| 途中で昼食にカレーライスをとって、ひたすら県道12号 を石鎚スカイライン方面へ急ぐ。 妙な山肌が眼に入る。歩を進めて行くと、44番から45 番に至る一帯は四国カルスト県立自然公園に指定され ているとの案内板があった。 45番札所からは14時59分の帰りのバスに乗らねば ならない、とても再び歩いて久万まで戻れない。 かなりハイピッチで道を急いだ。 |
|
| 1時半に45番札所門前に到着。 が、ここから本堂ま での参道は急な石段を20分も行かねばならなっかた。 息切れがして途中休んでいると、居並ぶ石仏の背後 から陽が当たり、石の光背の縁の苔が光って浮かび 出るような不思議な光景が眼に映った。 石の仏像達が光を放っているようだった。 |
|
| 第四十五番 岩屋寺 ようやく本堂境内にたどり着く。暑かった、清めの浄水 を何杯も飲む 礫岩の侵食で異様な山肌に食い込むように納経所と 本堂が建つ。 |
|
| 本堂横にはしごがおいてあり、おそるおそる登って みた。上の岩のくぼみが桟敷のようになっており、 お寺全体を眺められるのだが、安全のため乗り移 らず引き返す。 一旦、帰りかけたが、霊水が湧いているのを思い出 し、霊水を分け頂いて持ち帰る。 |
|
| 帰りに参道口の売店で冷えたラムネを飲み、伊予柑の ようかん等記念の品を買って帰路に。 岩屋寺前で一日二本の終バスを待ち、ただ一人バス にゆられ30分程で久万の町に戻った。再びバスで松山 駅に向かい、JRに乗り継ぎ19時37分児島帰着。 今回でようやく八十八ヶ所の半分を打ち終えた。前泊等 の移動日も入れると延べ20日を費やした。歩いた距離 はさほどでなく、自分の集計では恥ずかしながら308Km。 |