益田西国三十三所観音巡礼 (画像をクリックすると拡大されます)
第2回その一 飛騨金山・小坂・萩原  平成25年1月21〜22日
第四番 善応堂   下呂市金山町福来 
今回も高山線飛騨金山駅駅からのスタート。時間切れで前回に回れなかった4番へ。目星を付けていた白山神社より500mほど奥にお堂があった。堂守の当番の奥さんや、そのお宅を尋ねたおばあさんやら三人の方が集まってこられて、賑やかにご朱印をいただく。ここはかつて金山から下呂に通じる街道筋で、番所の跡や旅人の道中安全を祈るかのような石仏があった。
金山駅から福来の山里へ 善応堂  福来口御番所屋敷跡
     
「二字一石法華塔」というものが目にとまった。帰って調べると、1つの小石に2文字づつ法華経を書写したものを埋めてある塔のようだ。乳岩さまは駅前の案内板に、「丸い乳の形をした自然石の石仏」 とあったが判じかねた。 
二字一石塔と西国三十三ヶ所石仏  乳岩さま  トンビ 
     
  
  
第五番 囲繞堂   下呂市金山町焼石 
飛騨金山駅から次の焼石駅で降りる。囲繞堂(いぎょうどう)は駅の裏山にあるということしか知らないので、駅に近いお宅で尋ねる。居合わせた御婦人が「私が教えてあげる」と案内をかって下さり、堂守のお宅とお堂に連れって行って下さった。このあと6番に行くことを告げると、バスも行ってしまったからと車で送って下さった。その上、近くの店で堂守のお宅まで訪ねて下さった。このご婦人は益田や西国の札所を回られた方であった。
山裾にあるお堂  囲繞堂  送っていただいた車、最後まで見送る 
 
     
     
第六番 法雲堂    下呂市金山町保井戸
思っていた所よりも1qも遠くにあった。白旗をなびかせ山里を守るように小さいながらも威風堂々と立つ観音堂、益田ならではの景観だ。堂守の方がお堂を開けて、説明をして下さった。ご朱印を預かっておられるお宅は留守であったが、連絡先を教えていただいた。バスで下呂へ。
法雲堂 安政年間の銘がある 保井戸の力石
 
第十五番 解脱堂    下呂市小川
2日目朝、雨が小降りになってから宿を出発。ここも前回行けなかったところで下呂の街外れにある。ご朱印を預かっておられるお宅が分からない。2軒目に尋ねたお宅で電話でご朱印当番の奥さんを呼んで下さった。車で駆けつけた奥さんは、ついでだからと下呂駅まで送って下さった。
朝雲たなびく下呂 解脱堂 明治36年の奉納額 日光山
 
 
第二十八番 大悲殿    下呂市小坂町小阪
下呂駅からJRで飛騨小坂駅に。小坂町は滝と御嶽山で有名で、御嶽山には天然記念物の日本カモシカが生息する。大悲殿は駅近くの長谷寺になる。お寺は留守でご朱印がいただけなかった。
飛騨小坂駅前 大島橋と日本カモシカ 大悲殿 長谷寺
     
この地には「力持ち小太郎」伝説があり、長谷寺には小太郎が川から持ち上げた仁王像や横綱千代の山が揮毫した碑がある。  
伝説の仁王像  力持ち小太郎の碑  怪我無地蔵 通りにて 
     
 
 
第二十九番 妙喜堂    下呂市小坂町長瀬
大悲殿から20分近く歩いて到着。妙喜堂の観音様は円空作。堂守の方を訪ね当て、お堂にご足労いただいた。霧雨に煙る長瀬の山々は墨絵のようだった。
長瀬の里 妙喜堂 やはりのぼり旗が欲しい 長瀬の山々
 
 
第二十七番 無量堂    下呂市萩原町宮田
雨が上がらず時間も大幅遅れとなったので、飛騨小坂駅前からタクシーとした。目指したところにお堂がなく、タクシーの運転手さんがひょっとしてと向かったところに白旗が見えた。鉄骨に驚いたが、巨大な藤棚と分かった。無量堂は別名藤ヶ森観音と呼ばれる。堂守のお宅は遠いとのことでご朱印をあきらめ、26番に進む。
巨大な藤棚 藤ヶ森観音 無量堂  宮田から四美へ 国道41号を行く
 
 
第二十六番 梵音堂    下呂市萩原町四美 
お堂の場所が分からず27番から1時間かかって到着。ここでも堂守のお宅が遠く、ご朱印を断念。少し休憩をして難所と思われる大雲堂に向かう。
梵音堂   御本尊は白衣観世音
 
 
第二十五番 大雲堂    下呂市萩原町尾崎 
26番からは3.5qほどだが登り道で雪が残っている箇所も多く、1時間15分かかって到着。最後の10分はきつかった。誰もいない静まりかえった山のお堂、その静けさを味あうことなく荒い息でお参りをする。17時のバスに間に合うよう黍生のバス停まで急いで山を下った。
県道98号を位山方面へ上る   大雲堂近く 歩いて来た道 大雲堂

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