西美濃三十三所巡礼 (画像をクリックすると拡大されます)
第3回  大野町〜池田町〜神戸町  平成25年3月8日
 
第二番 来振寺   揖斐郡大野町稲富 
朝から温かい日になった。JR大垣駅の一角にある樽見鉄道大垣駅に行くと何か変だ。切符の自販機がない、この駅には乗車券販売場があって、ここで切符を買求めるのだ。30分余りで織部駅に着いて歩き出すと見覚えのある場所に出た。ここは昔の岐阜から谷汲へ行く街道で、蛍で有名な本巣市の席田(むしろだ)用水が流れる。
樽見鉄道 大垣駅 6番ホーム 織部駅 蛍で有名な用水

用水は揖斐川の支流の根尾川から流れ出て水は清い。その根尾川を渡るが、ナビが示す橋はセメント会社の橋で「当社関係者の他は通行をご遠慮下さい」とある。 「車両の通行は禁止」ともある。歩くのは可と理解して橋を渡って行った。
セメント工場 蛍の絵 石灰岩採掘場 手前は根尾川 セメント会社の橋

根尾川右岸を下って行くとやがて観音旗が見え始めた。人通りもない寂しい場所で観音旗を見ると元気が出てくる。来振寺は行基の開基と伝わり、国宝「絹本著色五大尊図」を持つ寺だ(但し奈良国立博物館に寄託)。山門は四天王門。
来振寺 西国三十三所写 四天王門

本尊は十一面観音で観音堂が本堂にあたるが、大師堂の方がはるかに大きく立派だった。再び駅に戻ると、その裏には道の駅「織部の里」があった。この地は戦国の武将であり茶人であった古田織部の出身地。
四天王の一、増長天 観音堂 樽見線織部駅と道の駅「織部の里」
 
 
番外寄り道 高木貞治記念室
大垣へ戻る樽見線を「モラレ岐阜」という駅で降りて、糸貫町老人福祉センターに行く。ここには私が勝手に決めた岐阜県郷土の三偉人の一人で世界的数学者であった高木貞治の記念室がある。因みに他の二人は南条文雄と円空で、伊吹山と川の原風景は共通している。高木貞治は私の高校の先輩(当時は岐阜中学)であるが、なんと11歳で入学している。10歳で書いた作文「蟻説」が展示されているが、私などは読むことも覚束ない。天才は違うものだ。(数学関係の展示は無い) センターのロビーでおにぎりを食べ、モラレに行って試飲サービスのコーヒーを頂いて大垣駅に戻る。
柿畑と巨大ショッピングモール「モラレ」 高木貞治記念室 高木貞治10歳の作文
 
 
第三番 金剛寺    揖斐川町市場
今回出発の前日に三番札所が変更になっていることに気付き、あわてて工程表を組み直した。そのため前回で終わったはずの揖斐川町に再び戻った。揖斐駅のバス乗り場に行くと、「こっち、こっち」と呼ぶ声がする。見ると谷汲行きのバスの運転手さんが手招きしている。私の姿を見て西国三十三番に行くものと勘違いされたのだ。そのバスは廃線となった名鉄谷汲線の電車のデザインだった。懐かしい〜。白樫口のバス停でおり、あわただしく金剛寺に参拝。この地は春日局の生誕の地で、金剛寺近くに春日局公園がある。
懐かしい谷汲線のバス 金剛寺 御朱印を頂く、後で納経帳に貼る
  
 
第十五番 安国寺     揖斐郡池田町小寺 
揖斐駅から電車で北池野の駅へ。ここから3q弱を、揖斐関ヶ原養老国定公園の池田山に向かって歩く。この安国寺は足利尊氏が元寇の役以来の戦没者の慰霊と国土安穏を祈願し全国六十八ケ所に建てた「安国寺」の一つ。
養老鉄道 北池野駅 桜が咲いていた 後ろは池田山 安国寺
 
 
第八番 善南寺    池田町片山
安国寺から2q、池田山の麓の茶畑の中を進む。ときおり茶葉の香りが漂ってくる。最澄創建とされる寺であるが、浄土宗。揖斐は臨済宗が多かったが、池田から大垣、養老にかけては何故か浄土宗が多い。何故だろう?
茶畑 ある風にのって香りが 善南寺 こちらでは珍しい仏足石
 
 
第十四番 善学院     神戸町神戸(ごうど)
善南寺から東へ6q、神戸町へ向かう。17時を過ぎるので事前に電話をしたところ遅い方がよく、6時頃に寺に帰られるとのことで喫茶店で休憩もした。寺の縁起は最澄に遡る天台宗の古刹。
青春の日を想う 大垣日大高校野球部 善学院 1771年建立の金仏

鐘楼は袴腰のある堂々の造りで、一面の彫刻があるがもう暗くなってよく分からなかった。梵鐘は元寇の役の戦勝を祈願し鋳されたものという。外で待っているとお寺の方が帰ってこられた。本堂に上がらせていただくと立派な金色の阿弥陀様が眼の前におられる。もう一度ゆっくり訪れたい寺だ。
彫刻が見事の鐘楼だが 本堂

     [HOMEに戻る]   [前へ]   [西美濃三十三ケ所に戻る]    [次へ]
1