第四回

2004年12月11・12日

今回は京都市内五ヵ所を歩いてまわることにした。 少しは歩かなくてはと思って決めたことだが、、、。 案内書では歩いて半日から一日のコースであるが、行きたいところもあろうからと二日の旅程。

   

私は岡山から、家内は岐阜から新幹線で10時京都駅集合。 荷物をコインロッカーに預け、奈良線普通に乗換え一つ目の東福寺駅で下車。 東大路通から泉湧寺道に入って、緩やかな坂を登っていく。 『西国十五番』の道しるべがうれしい、こういったものは歩いていないと目に入らない。


   

泉湧寺道を少し歩くと、樹が鬱蒼と茂る道になる。 京都とはこういう所かと感心する。 左手が那須与市のお墓があるところだろうか、、、。 やがて今熊野観音寺に。


   

第十五番 今熊野観音寺
境内に入ると山が近いのに驚く、前回に難儀した醍醐山だろうか。 弘法大師の創建で、大きな大師の像がある。 この像の周りを廻ると四国八十八ヶ所を廻ったと同じになるらしい、、、家内が居合わせた人に教わって何回か廻っていた。


   

今はボケ封じで有名で、枕カバーなどが売店にあった。 今熊野観音を出て少し歩き始めると、連れが気分が悪いという、顔色がさえない。 次は最初の寄り道の三十三間堂で歩いて30分も掛からないがタクシーを拾う。 久々の三十三間堂で、夢中で見学する。納経所があったので、二人でお印を頂く。 先に庭に出た家内が寂聴さんがくるよと教えてくれた。


   

新潟中越地震の義援金募集のため瀬戸内寂聴さんが『青空説法』をされるという。 二人とも寂聴さんの『観音経』の本を読んでおり、三十三ヶ所巡りをしている二人にはうれしいできごと。 しばし拝聴する。


   

次の寄り道は、三十三間堂の隣の京都国立博物館。 たまたま無料観覧日にあたり、大変得をした気分になる。 自分の目当ては仏像ではなく、雪舟の国宝『天橋立図』。 しかし今回は展示されていなかった。 帰ろうとして立ち寄った西の庭で阿弥陀三尊を見つけ、気の利いた野外展示に感心した。


   

博物館から歩いて清水寺へ、茶わん坂を音羽山に上っていく。 お腹が空いたので、門前の茶店で二度目の昼食をとる。


   

第十六番 清水寺
観光名所で一番人気のお寺だけあって、参詣客が多い。 入場券の裏に『観音様を心に念ずれば、観音様はあなたと共に歩まれます』と印刷されている、意味深い。 この週末は「夜の特別拝観」の最終にあたり、ライトアップされた紅葉が楽しめる。 これも不勉強で知らなかった、夜も来ることにした。

   

水屋の龍もさすがに立派で、辺りを威圧するような感がある。 国宝の本堂は1633年の再建、御本尊は十一面観世音菩薩。

   

   

本堂と奥の院の間の石段を下ると左手奥に音羽の滝がある、寺名由来の滝である。 30人ほどの列について長い柄杓で「清めの水」、「延命の水」を頂く。 12月中旬になろうとするが紅葉は十分に魅了させてくれる。 ここに来て漫然と紅葉の木々が植えてあるのでなく、見せ場を配慮し、又 日々手入れに丹精されていることに気付く。 また、名所を訪れるのに時があることも改めて知った。
帰りは賑やかな清水道を下る。 4時半で、まだ納経所に間に合うからと十七番札所に廻るが、急ぎ足がアダになり通り過ぎてしまった。 タクシーで京都駅に向かい、ホテルのチェックインと食事を済ますことにした。


   

夜の特別拝観にと、7時にホテルを出る。 三脚を持ってこないで困ったが、駅前で1000円の三脚を見つけ、喜々としてタクシーで到着。


経堂、奥は三重塔


   

ライトアップされて華やかであるが、篤い信仰心がないとこういうお寺はできないものだと思う。


   

第十七番 六波羅蜜寺
鴨川に近く、五条通を北へ越えた所に立つ。 周りは民家だ。 平安時代に空也上人が疫病救済の祈願と布施を行い、又 上人自ら刻んだ十一面観音を置き病死者を弔ったのが寺の起こりという。 御本尊はその十一面観世音菩薩(国宝)で、辰年の11月3日から33日間の開帳。


   

第十八番 六角堂
四条通から烏丸通を少し北にいったビルの谷間にある。 街の通りから山門を窺うだけで、別世界がせまる。 小宇ながら重厚さと品のあるお寺だ。 聖徳太子の創建で、御本尊は太子の念持仏であった高さ5.5cmの如意輪観世音菩薩とされる。
(念持仏とは身近において供養する仏像のことで、持仏とも呼ばれる。 昔の巡礼は持仏と共に廻ったそうだ。 私の持仏は高さ7cmほどの真鍮製の聖観音像、怠慢であまり供養しない。)

   

現在の堂は明治8年の再建。 六角堂は華道発祥の寺でもある、御本尊への供花から始まったといい、代々の住職が池坊家元を兼ねるそうだ。 隣接して池坊会館がある。 また境内には『へそ石』なるものがある、六角の石の真ん中の穴が京都の中心を示すそうだ。


   

六角通から寺町通をブラブラと京都らしい店に立ち寄りながら進む。 矢田地蔵は素通り(すいません!)。


   

第十九番 革堂
開祖の行円上人が、身ごもっていた鹿を射止めたことを悔いて仏門に入った後も、その鹿の皮をまとっていたから革堂(こうどう)と呼ばれたという。 御本尊は十一面千手千眼観世音菩薩。


   

最後の寄り道は太秦の広隆寺。本堂には秘仏の御本尊聖徳太子像が祀られる。 目指すは霊宝殿で、有名な弥勒菩薩半跏思惟像(国宝第一号)や不空羂策観音像や十一面千手観音像(何れも国宝)を見学。 京の紅葉も見納めもした。
歩いてまわるはずが、大半がタクシー利用となってしまった。 歩いて困らないよう、大きな京都市街地図を事前に買っておいたが、家内がサービスで頂いた観光地図の方が役立った。 観音様のお陰でいい旅ができたように感じる。

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